美濃いび茶の歴史…


揖斐でお茶づくりが始まった時代は明らかではありませんが、

旧幕府時代には大量のお茶を生産したと伝えられています。

宝暦9年(1759年)には、江戸幕府御用番茶を申し付けられ『美濃茶』が誕生いたしました。

その製法については新しい生産方法を採用して産出しており、桑名通いの舟で販路を広くのばしてきました。

また、開国から明治初頭にかけては、輸出産物として生産面積、生産量ともに増大し、美濃いび茶の名は広く知られました。

現在では美濃いび茶のさらなるイメージアップとブランド化を推進しています。


いびオリベ茶

岐阜県では、美濃(本巣市山口)の生まれで、戦国時代の茶人である古田織部の斬新なアイデア、自由奔放な織部の精神を生かして

地場産業を活性化させ、文化産業を推進する目的で"オリベプロジェクト"がこの10年間展開してきました。

2003年にはニューヨークで"オリベ2003 in NY"、

2004年にはドイツで"川が育んだ日本の伝統文化展"が開催されました。

ニューヨークでは、オリベ茶会、オリベ自由茶会が、

ドイツではオリベ茶会、いび茶の試飲、PRに桂茶生産組合の抹茶、煎茶が使われ、いずれも高い評価を頂きました。

こうした一連のオリベプロジェクトにちなみ、桂茶生産組合の上級煎茶、抹茶を"いびオリベ茶"と名づけ、

特許庁に商標登録を申請、許可されました。


いび茶

2008年、サッカー日本代表のジーコ前監督が退任され次期監督として注目されはじめたオシム監督。

サッカーファンか、かなりスポーツに詳しい人でない限り、オシム監督の苗字が「イビチャ」とは知らなかったでしょう。

揖斐川町の宗宮町長発案のもと、たまたま飛騨の古川にキャンプに来ていたオシム監督にお茶をさしいれに行ったのが

各メディアの目に留まり、ニュースがニュースを呼んで全国区の報道ニュースでも取り上げて頂きました。

「いびちゃ」、「イビちゃ」・・・商標登録申請中



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